大阪北部地震
2018年6月18日(月)
大阪北部地震発生から1週間が経ちました。当日の状況を備忘録として記しておきます。

当日は昨日の登山の疲労からいつもより遅れ気味に家を出ました。JR高槻駅までは原付バイクを使い駅前の駐輪場に停めます。駐輪場までは裏道を使い信号がないルートを通るのですが地震発生前は数少ない信号待ちをし左折するつもりでした。

信号が変わり左に曲がろうとしたとたん急にハンドルが操作できなくなりてっきりタイヤがパンクしたのかと頭を過ぎりましたが次の瞬間、前方を見ると道路が波のようにゆらゆらとうねっていました。最初は、何か理解できず間が空きましたが、左側を見ると電柱が釣竿のようにしなってるのをみて初めて地震だと理解できました。

一旦、バイクをその場に停めてスマフォで家に連絡を入れました。しかし、全く繋がらず何度か試してみましたが通じません。それどころかバイクが邪魔といわんばかりに後から車のクラクションを鳴らされ側道に寄せました。そうなんです、地震発生後は何も無かったかのように車は動き始めたんです。しかし、バイクに乗っていた人達はえらいことになってると察してUターンする人もいました。

地震発生後7-8分後だったと思います。奥方の携帯にようやく繋がり家族全員が無事であることが分かり一安心。その後、会社携帯には安否確認メールが入っていたので無事を返信しました。恐らく交通機関は止まっているとは思いましたが、念のため駐輪場にむかったところバイクや自転車はドミノ倒しになっていました。
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この状態から想像以上の地震だと分かり高槻駅へ向かいました。向かうまでに多くの人達が逆戻りしていたので電車は止まり駅から人が溢れているのだと理解しました。予想とおり駅周辺に人がたまり各々携帯で連絡しています。駅構内に入ると蛍光灯は垂れ下がり、おまけにニュースで放映されたように天井から水が漏れ出し床は水浸し。それを遠巻きに見る人だかりと駅から引き返してくる人達でパニックでした。ちょうど私のツィートにJP3OSWさんからリツィートがあり自宅待機する方が安全とのアドバイスをいただき自宅に戻ることにしました。
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自宅に戻る途中、マンションの扉がはずれ道路にガラスが散乱してたり屋根瓦が落下して散乱など数多くの被害を見ました。また、近所の救急病院にはひっきりなしに救急車のサイレンがなり出入りが激しそうです。我家の家屋もかなり老朽化し瓦が飛んでてもおかしくないのですが幸いなことに無傷で済みました。

暫くは、自宅待機をしていましたが会社から連絡があり今日は出社しなくともよいと指示がありました。TVを見ているとブロック塀の倒壊で小学生が亡くなられたこと、水道管が破裂して水が溢れていることを中心に報道されていました。その直後、墓石が倒れている映像が流れたのをきっかけに墓地へ確認しに向かいました。すると一見何もないようでしたが、よく見ると墓石は一定方向へ傾き、酷いものは墓石はひっくり返っていました。
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こちらも幸いなことに霊廟の端が欠けた程度で他は無傷で済んだようです。再び家に戻りインフラを確認すると電気、水は大丈夫でしたがガスが止まっていました。しかし、これもメータの解除手順を試したところ無事解除できガスも使えるようになりました。この時点では普段通りですが、断水が聞こえ始めた頃に奥方より念のため風呂に水を張ってお風呂はシャワーにしようと提案があったのですが高槻市のhpを見る限り当地域には断水や給水対象になっていなかったため風呂を沸かそうということになりました。ところが、風呂に入っている折に急に断水です。まさかの事態です。水は買い置きのペットボトルのお茶が1箱あります。しかし、食器洗いやトイレ、洗濯はどうするのか困りました。食事はラップをかけた皿を使うことにしてトイレは風呂の残り湯を使うこで凌ごうと考えました。風呂については確認したところ亀岡近くの樫田温泉が営業していました。

インフラ情報を得ようと高槻市のhpを閲覧しますが回線を絞っているのか、それとも一機にアクセスがあり対応しきれないのか分かりませんが、まったく見ることが出来ません。何度か試して閲覧すると給水対象に当地域が入っていたのです。これもまさかですが、念のためと思い給水所に指定されている小学校へ向かうと既に給水タンクが置かれ提供されてるではないですか。急いで自宅に戻りポリタンクをもって小学校に戻るとタンクの水が空に。暫くして堺市の給水車が来ました。緊急支援連携として給水車を派遣していただいているとのこと感謝、感謝しかありません。無事に水も確保できましたが、不思議なことに私たち数人しか給水に来ていません。そのうち給水をどうやって知ったのかということが話題になり聞いてみると誰もhpやSNSで知ったという人がいなかったのです。皆さん、口伝で集まった人達だったのです。

こんなこともありました。近所の小学校は急坂の一番上に建っていて普段は両脇から入れるようにしているのですが今回は防犯上の問題として一方しか開いてなくてわざわざ大回りして急坂を登り思いタンクをもって下らなくてはならないのです。ただ、両方を解放するとすの負担が激減するのですが学校側が解放しないというのです。こんな緊急時に防犯も何もあったことかと思いましたが職員に文句を言ったところで改善は期待できません。

暫くは生活できる体制が整いましたが、自然は待ってくれません。容赦なく余震が突然やって来ます。寝ようにも余震で直ぐに起こされ寝付ける状態ではありません。ましてやマスコミで熊本地震と形が同じとか恐怖を煽られているので気が気ではなく夜が明けることになりました。

翌日、通常とおり出社しました。電車に乗ると車窓では屋根にブルーシートが掛けられている家屋がけっこう見受けられました。想像以上に被害が出ているようです。それも地域差が大きく当地域のように無傷のところもあれば家の中に食器が散乱している家が多いと聞きました。そして、出社してみると家に居ていつ余震が来るかという緊迫感はなく地震なんて無かったかのように仕事しています。今までは、地震の傍観者でしたが当事者になるとこんな気持ちになるのかと初めてその虚しさを実感しました。

幸いなことに余震は続いていますが弱まる方向にあります。未だ油断できませんが我家は普段の生活を取り戻しつつあります。しかし、まだインフラが完全復旧されてなく傷んでいる家屋もたくさんあります。どうか早期復旧を願うばかりです。
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by mido811 | 2018-06-23 14:06 | 高槻


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